「添景工房」ものがたり 最終回の1回前
まいど!ジョニーです。
「添景工房」ものがたりも、いよいよ大詰め! ついに最終回。。。(の、1回前)と言うことになりました。。。
次回までは “ようやく軌道に乗り始めた” と思ったのもつかの間、阪神大震災という稀代未聞の天災に見舞われ、再起復興をかけての戦いが始まるところで終わりました。
さて、それでは参りますか。。。OK!!( ̄▽ ̄)δ⌒☆
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【意気軒昂】
震災より約1ヶ月も経たずして再スタートが切れた。。。 失うものなど何もない。ただ前向いて進むだけだ。
“雨降って地固まる”
震災で倒壊、被災したと言うことは、どこも再起再建をかける ・・・ つまり建設ラッシュが始まるのだ。
有難いことに断っても断っても、どんどん仕事の依頼が来る。まさに嬉しい悲鳴 (≧∇≦)キャー♪
この頃から “CGで、よりリアルなパースを!” と考え、さわった事も無いPower Machintosh(パワーマック)をやり始めた。
まったくの独学。解説書を買い込み、それを片手に見よう見まねの操作。。。分からないことだらけ ( ̄Σ ̄;) 当然お客さんに出せるモノになるには時間がかかる。
思うように出来ない苛立ち感もあったが、必ず武器にするとの思いで無我夢中で勉強した。
お客さんには「1ヶ月の時間をください」 と言って、1ヵ月半後の仕事を取ってた。その間にある程度マスターする。。。
気合と根性で何とかしたるわぃ!!
“人間、必要に駆られれば自然と出来るようになる” と思ったのはこの時だ!
ここが勝負のしどころと捉えてからは、日常の業務をこなしつつ、営業をしつつ、パースを描きつつ、空いた時間に寝る間も惜しんでマックに没頭した。
後にも先にも、この時が人生で一番 仕事したのではないか??(知らんけど・・・)
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1ヵ月を待たずして、決意通りにほぼオペレーションのマスターをして、ある大手ゼネコンのお偉いさん方を前にプレゼンをする機会があった。
「おおぉ~~ スゴイ ( ̄□ ̄;)!!」
お偉いさん方、全員が感嘆の声を上げた。。
現在でこそ、パースはCGが主流と言うか当たり前だけど、当時はまだまだホンの一部しかやってなかった。
実はCGパースを取り入れたのは、関西圏(ほぼ西日本)では古川が1番最初だったのだ!!
他がやってないことを先駆けてやると事の大切さと、つたない技術でも最初にやれば「スゴイ!」と感じてくれるんだと言うことを痛感したのもこの時だ。
仕事がなくて、食うや食わずの時期もあった。 軌道に乗ったかと思ったら、震災で大きなダメージを受けて意気消沈した場面もあった。
しかしファインの強みは倒れるたびにタダでは起き上がらないことだ!と言うことは自信を持って言える!! 【今日の最大のおべんちゃら ( ̄▽ ̄)ノ_彡☆バンバン!】
それでもまだまだ弱小パース事務所。
仕事を増やすために広告代理店なんかも回ったが、大手ゼネコンの仕事をしているとは言ってもホンの一部で、広告代理店からすれば 「ファイン?? 何やそれ!」 ケンもホロロに扱われた。
「クソッたれ! いつかお前らと立場逆転したるからなっ!! (,,#゚Д゚):ゴルァ!! 」
生来の負けん気が悔しさをパワーに変える、これが古川の哲学でもあり美学なのか!
ある日、パースを彩るための樹木や人物、空などの写真を切り抜いていて、ハッ!と気づいた。
“これからはCGパースが主流になるが、こんな点景データって俺だけじゃなく、みんな必要になってくるんじゃないのか??”
特に写真をきれいに切り抜く作業は時間がかかって結構メンドクサイ。 しかも欲しいアングルがない場合も多い。
当時のパース屋で、樹木は顔だった。一番大切、一番のウリ! 樹木いかんでパースの良し悪しが決まるといっても過言ではなかった。
だから殆どのパース屋は、樹木はそこの社長が担当していた。
一計を案じた古川は、あらゆる樹木や人物、その他思いつく写真を撮りまくり、スキャナーにかけては綺麗に切り抜き、データを貯めては点景データとして自社のパースに盛り込んだ。
そのうちに大手ゼネコンから不動産会社、デベロッパーにいたるまで、『ファインのパースは素晴らしい!!』 と評判になったのである。
このあたりから、逆転現象が起こりつつあった。。。。
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